2018.1.15 ブログ

時代の犠牲者

 
書くか書かぬか、、、迷ったんですが書きますね。
こういうブログがニーズ無いことはわかっています。

 

 

 

1月も早くも中旬に入りましたが、

 

 

大晦日はみなさんいかがお過ごしでしたか?

 

僕は大好きなガキ使を観て過ごしました(^^)

 

小さいころから必ずガキ使を観て過ごすのが決まりのようなものでしたね(^^)

 

バラエティ大好きっ子ですから。

 

 

お笑いが好きじゃなければわざわざボケまくる手作りおみくじなんかも作りませんし笑笑

 

 

 
ですが、今年のガキ使は笑えない場面がありました。

 

 
ネットニュースなど見ている方は知っているかもしれません、

 

 

浜ちゃんが、黒人の方のマネとして顔を黒く塗っていた場面です。

 

 

 

 

 

昔の僕のナンバーに出ていた方なら思い出した人もいるかもしれません。

 

 

実は僕も昔、様々な国の人達が混ざったショー、というコンセプトでメンバーに黒塗りを提案したことがあります。

 

 
結局本番では披露せず、その一回きりの練習の中で試しでやって終わりましたが、

 

 
この黒塗りが、国際的に黒人差別の行為として認識されていることを僕が知ったのはおよそその一年後でした。

 

 

悪気は無かったといえ、ステージでしなかったといえ、そんな事実を知らなかったこと、生徒であるメンバーにそういった行為をさせたこと、過去を振り返り反省したことを憶えています。

 

 

 

 

僕たちには『知らなかったこと』が多くあります。

 

 
少し前に、『ホモ』という言葉を使ったキャラクターをテレビで流した番組が問題になり、テレビ局が謝罪したこともありました。

 

 

僕は知りませんでしたが、そのキャラクターは過去にはお笑い番組で人気のキャラクターではあったそうです。

 

 

そのキャラクターは知りはしませんでしたが、
確かに僕らが小さい頃、ホモという言葉は日常的に使われていて、
男なのに女、という存在は笑いの要素として存在していたものでした。

 

 

 

ですが今の時代、
体の性と心の性が違う、ひとつでない、わからない、など色々な性のカタチがあるということはごく当たり前のことでもあり、常識になり始めています。

 

 

 

僕らは知らなかったんです。
その事実を。

 
知らなかったから、笑ってもいいと思った。
知らなかったから、変だと思った。
知らなかったから、馬鹿にしながらマネても良かった。

 

 

 

知らなかったこと、はもう仕方のないことです。
そのときはどうしようも無かったし、何の悪意も無かった。

 

 

ですが、
時代が変わり、『今の時代は昔みたいな差別は無い』
と平和に近づく一方で、

 

 

『昔の時代には』
たくさんの苦痛を味わい、
自分を偽り、
イジメや差別、
中には自殺にまで追い込まれた人達がいるのも事実で。

 

 

確かに僕たちは知らなかった。

 
ただ、そんな『時代の犠牲者』を
少しでも少なく、少しでも早く無くしていかないと、
と僕は感じています。

 

 
昔、ダンスのコンテストでね、めっちゃメッセージ性の濃い作品をぶつけたことがあるんですよ。

 

 
入賞はできませんでしたが、後日審査員をしていた人に
『コンテストは普通盛り上がるショー持ってくるやろ。あんた変子(変なやつ)やな。』
と言われたことがあります。

 

 

また、他の方には
『ダンスにメッセージ性なんて作り手のエゴでしょ』
とも言われたことがあります。

 

 

もしメッセージ性の強いダンスが日本でも多くの人に認知され、
ニーズが増え、コンテストでも優勝する時代が来れば、
その時の僕は変でも何でもなくなります。

 

 
元々人と同じが嫌なタイプだし、
変とか何とか言われても、別に傷ついたわけでもなく、
それだけ強い存在感をアピールできた、という自信を持てたというのが実際のところなので
あれは問題だったぞ、とは思いませんが、

 

 

『普通』
なんかは時代によって常に変化するもので、

 
国籍や肌の色、性別や嗜好、考え方や価値観。

 
あの人は『変』なのか『人それぞれ、ひとつの個性』なのか。

 
そこに持つ自分の考え方を常に柔軟に持つこと。

 

 
自分の当たり前は、他人の当たり前ではないこと。

 
自分の正義は、他人の正義とも限らないこと。

 

 

そういう感覚を身につけておかないと、

 

 
知らない間に人を傷つけ、人の心を殺しているかもしれない。

 

 

今は差別する人を批判していても、
昔は自分も気づかないうちに差別していたかもしれない。

 

 

 

そんな時代の犠牲者を知らず知らずに生んでいるかもしれないのです。

 

 

 

僕は自分が未熟だと理解したうえで、
今だにきっと誰かを傷つけてると理解したうえで、
少しでもたくさんの人が自由に楽しく
胸を張って生きていけるように反省し、努力はしたいと思います。